しゃべれどもしゃべれども [落語・演芸]
よく晴れた、ある日のことです。
とらちゃんを日光にあててやろうと、ベランダに干していました。
とらちゃん→
ピンポーン、と呼び鈴がなる。
はいは~い、とインターホンをとると、
殿様が、
「お宅のベランダに干してある、黄色い人形。
あれを売ってはいただけまいか。」
と、言います。
でも、とらちゃんはもうずいぶんと古くなってますし、
人様に売れるような品ではございません。
お断りするのに、殿様は引き下がりません。
「あれはこの世に二つという、逸品。
是非、お譲りいただけまいか。」
いえいえ、それは何かの間違いです。
とらちゃんは確か二千円程度で買ったんだと思います。
それに、売り場でいっぱい売られていました。
そんな逸品のはずはありません。
「いや、私の目は確かです。
私が長年探し続けた逸品に相違ない。
300両払いましょう。」
さ、さんびゃくりょう!
わかりました!さんびゃくりょうですね!
私はベランダのとらちゃんをひっつかみ、殿様に差し出しました。
「おお!これは素晴らしい。」
殿様は風呂敷に包んだ、300両と引き換えにとらちゃんを懐にいれ、
ありがとう、ありがとう、と数回こちらを振り返りながら階段を降り、
そのうち見えなくなりました。
さて、私の手元には300両。
私はそのうちの1両を持って、セブンイレブンに向かいました。
一度、やってみたかったんです。
この店の品物、全部ください。
だーん!と小判をレジにたたきつけました。
ぽかーんとする、店員。
日本の通貨は、「円」。
「両」ってなんだよ、「両」ってさ~!
ここで、目が覚めました。
「ああ、いやだねぇ。
いやしいことを考えてばかりいるから、そんな夢をみるんだよ。」
女房は言いました。
私はこころを入れ替えて、それから死に物狂いで働きに働きました。
雨の日も、風の日も、雪の日も、竿竹を売りました。
そして、3年後。
小さいながらも、自分の店をもち、使用人も雇えるほどになりました。
ああ、これもあの300両の夢のおかげだ。
あれは神様が私に見せてくれた、ありがたい夢だったよ。
今日の売上は2両。
女房が、そこから1両取り出して、
「行っといで、お前さん。」
いやいや、と首をふる、私の手のひらに小判を握らせ、
「夢だったんだろ。
行っといでよ、お前さん。」
にっこりと笑います。
私は女房の目をじっとみました。
小じわに囲まれた、だけど潤んだ瞳は昔のまま。
「ありがとよ。」
小判を握り締めて、セブンイレブンへ。
この店の品物、全部ください。
だーん!と小判をレジにたたきつけました。
ぽかーんとする、店員。
日本の通貨は、あいも変わらず、「円」でした。
(おしまい)