わかりにくいはなし [雑記]
今日はなんだかむしむしするので、虫のはなしをします。
虫が苦手な方はここで、左様なら。
むーーーん、むーーーーーーーーーん。
いやですねぇ、蚊の羽音。
耳元で「むーーーーーん」音を聞いてしまえば、もう何も手につきません。
蚊を殺す、そして、潰す、そのことで頭はいっぱい。
ぱちんっ!思いがけず大きな音をたててしまったのは誤算でしたが、やっつけました。
掌でつぶれた黒い蚊をティッシュでこそげとり、ぐりっとやりますと、血。
あわてて自分の身体を確認しましたが、どこも痒くない。
これはわたしごときに殺されるぼんやりした蚊にさされてしまう、兆ぼんやりした人の血でしょう。
「やりました?」
隣に座っている、美人上司が言います。
「はい。」
わたしは丸めたティッシュを開いて、血と蚊の死骸をみせました。
「蚊、困ったものよね。」
「ホントです。多すぎます。」
「虫が多いのは、図書館的にはまずいのよ。いろいろな意味で…」
いろいろな意味、の説明が続くのかと待っていましたが、
彼女はぱちぱちとキーボードを叩き、仕事に戻ってしまったようです。
このひとには、こういうところがある。
ぶっきらぼうというか、言葉がたりない、っつか。
いつも「その先が気になるじゃねえかよ」というところで話をおわりにしてしまうのです。
「いろいろな意味ってなんですか。」
↑このように質問しないと、もんもんとしたまま取り残されてしまうのが常なのです。
わたしは慣れているので、仕事に戻った彼女を雑談にひきもどしました。
「卵を産み付けられたりとかね。」
ほ~、卵を産み付ける、それで?
とつづきを待っていると、またキーボードをぱちぱちやっています。
「どこに産み付けるんです?」
ここで終わっちゃ、気になって仕方がないので仕方なく尋ねますと、
ぴたと手を止めこちらを振り返り、彼女が言います。
「本。」
えっ…。
「蚊は水辺に生むからいいんだけど、蛾とかゴキブリとか、困るのよ、ホント。」
……。
聞かなきゃよかった、と後悔しましたがもう遅い。
ここは図書館です。
本だらけです。
ぎっしりと本が並んだ棚がぎっしりと並んでいる、その隙間でわたしたちはお仕事をしているのです。
蛾さんとゴキブリさんがちょちょちょとやってきて、本のページとページの間で出産。
卵さんがぱりっとわれて、にょろっと幼虫さんがこんにちは。
それがあっちの本でもこっちの本でもいっぱいいっぱいいっぱいこんにちは。
って、わ~~~~~~~~~!!!!!
「ちょっと、休憩してきます。」
気持ち悪いはなしです、早くわすれなくては仕事になりません。
休憩を終えて席に戻ると、
「落ち着いた?」、彼女が言います。
「とりあえず。」、あいまいに答えると、
ふふっ、と笑いました。
油断するとふと思い出してしまう「卵生みつけ話」を頭から追い払うのに難儀しながらも、
その日はどうにか仕事を終えました。
帰り道、思い出したのが彼女の「ふふっ」。
美人の怪しげな笑み。
まさか!
…ありえる、兆ありえる。
わたしを襲う、後悔の念。
わたしはあのとき即座にあのひとに聞かなきゃいけなかったんです、
「それ、冗談ですか?」、って。
(おしまい)