台風でソウろう [家族]
台風が近づいている。
台風が来るたびに思い出すのは、叔母のこと。
母と同い年でバツイチ独身。
昔は美人だった、今はチンパンジー似の叔母のこと。
私の故郷、長野には台風なんてめったにこない。
高い山に囲まれているので、大概の台風は山脈の壁を超えられない。
だから、よほどすごいやつでないと長野までたどり着けない。
その昔、伊勢湾台風というすごいやつが強力な勢力を保ったまま長野を襲ったのだそうだ。
ああ、あいつはすごいやつだったと、年寄りは自慢した。
そんなすごいやつを経験した、自分はすごいやつなんだぜ、と、自慢した。
「あんときゃ、道が川みてになって、ウシとかヤギとかがさ、ご~って流されて行っただ!」
と、何度も聞いた。
今でも年寄りが語るのかどうか知らないが、昭和生まれの私は何度も聞いた。
そんな長野に、台風がきたのは私がまだ小学校一年生のとき。
つか、その前にもきてたかもしれないけど、
私が覚えてるのはそれが最古。
土曜日の夜から、日曜の朝にかけて、ものすごい雨が降った。
つか、そん時は「ものすごい」と思ったけど、たぶん今日の雨と変わらない。
なんで、「ものすごい」と思ったかというと、
テンパリ叔母さんが大慌てしたからである。
テンパリ叔母は、すぐにテンパる。
ただでさえ、テンパリがちなのに、台風である。
叔母はテンパリまくった。
雨が降ってるんだから、家にいりゃいいものを、
何度もおもてを見に行く。
頭から足の先までずぶずぶに濡れて、
強風でひっくり返って壊れた傘を持って、
はあはあと息を荒らげて帰ってくる。
「みんな、外、でちゃだめだで。
こりゃ、すごい台風だわ…。」
こんな日に外でるのは、アンタだけだで…。
叔母は何度も外の様子を見に行き、
「もうすぐ川が決壊する」
とか、不穏なことを想像しては、
「心配だから」
また見に行き。
「川の水位がどんどん上がっている」
ますます心配し、
「ああ、どうしよう、ますます川の水位が!」
言いながら、その夜やっていた24時間テレビのヒューマンドラマを見て泣いたりしていた。
たぶん、死とか命とかについて考えていたのだと思われる。
私が起きた頃には雨も小降りになっていたが、
朝食の席は叔母の武勇伝でもちきりだった。
台風が怖くて眠れなかった叔母は、早朝から土嚢をつみ、
川が決壊するのを守ったのだそうで、
つか、正しくは川が決壊するかもしれないのでその準備をしたのだそうで、
でも、まあ、最初に申し上げたとおり、長野は台風直撃などありえない土地なので、
叔母の積み上げた土嚢は、
「やらなくてもいいけど一応念のため」、程度の保険的なものだったと思われるのだが、
この地域を全て守ったつもりの、テンパリ叔母は睡眠不足の目をして、
だけど、満足そうだった。
台風が去った後は一日中眠っていた、叔母。
当時、子どもの私の周りにいたのは、子どもみたいな大人だらけであった。
だけど、叔母ちゃんはかわいいなあ、と思っていた自分は、
結局、今とあまりかわりなく、
子どもの前でもおかまいなしにテンパっていた、叔母は、
今もそのまま。
大人になるとかなんとかかんとか、
実はそういうのって、時間の問題じゃなくて生まれつきの性格によるものなのかもなあ、
とかなんとか、思ったりする。
間もなく59歳の叔母は、いまでもテンパリがち。
いまも、かわいい。
(おしまい)